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薔薇ラのザレゴト ~~  トレード日記 2009年12月
 

薔薇ラのザレゴト ~~  トレード日記

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大泣き第二弾

再び第九ネタ。
一昨日見た読響の第九コンサートでは
すばらしい指揮者のリードに感動したのは
既述の通りですが。

今回初めて、合唱の歌詞の日本語訳を追うことができました。

2回もコンサートを経験したのに
(高校1年生&2年生のときに合唱ソプラノで舞台に立ったことがあります。)
ろくすっぽ歌詞の意味を知らずにここまできてました。

神がどうのといっているなぁ程度で
宗教音楽かなとテキトーな解釈でいたのですが。

宗教いうてもなんというか自然神な唄で
日本でこんなにも受け入れられる理由がちょっとわかったような気がしました。
八百万の神様、ですなぁ。

このところ好きで読んでいるスピリチュアルな本の内容と
見事にシンクロしていて
「なるほどー」みたいな。
よく私がぐっときて涙があふれてくるフレーズの部分は
なぜぐっとくるのかがようやくわかったところで。
ドイツ語はよくわかりませんが
なんとなく感じ取っていたかなぁと思いました。

今回の第九は、第4楽章ほぼ全部泣きました。
合唱が入っていない部分も感動して震えたです。

ずっと慣れ親しんでいた音楽でしたが
うんちくを知れば知るほど
納得いくことが増えて、ますます身近な音楽に。

第九は宇宙です。ホント。

日本では年末に向かって演奏会があちこちでたくさん行われますが
そういうテーマの音楽であればなるほどなぁというところです。

日本はポリシーがない、節操がないといわれることもありますが
他文化もあまり抵抗なく受け入れることができて
こうやって第九の独特な楽しみ方を日本の中でつくりあげるというのは
かなり懐が深いというか
その執着のなさは誇るべきところでもあります。
実際、ヨーロッパでは日本ほど演奏されてないそうですよ。

もともと多神教な考えというのは
あるものをあるがままに捉えることができる哲学を
培うのかもしれないよなぁと。

第九は古典派以前のあらゆる音楽の集大成となり
来るロマン派音楽の道しるべになったとウィキペディアにありました。

第九のフレーズを口ずさみながら
2009年のあったいろいろなこと
あるがままに受け入れ集大成を全身で感じ取り
新しい年を迎えようとしている私のこの感じ
まさに大晦日だなぁと味わい深い今日のこの時間の流れ方です。

本年もマイペースながらブログを続けることができ
このブログの歴史は、なんと1年半にもなりました
ありがとうございます
どうぞ来年もよろしくお願いします

皆様、是非とも良い年をお迎えください

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自然不自然

昨日、駅まで歩きながら、ふと空の感じに気づき
顔をちょっと動かしてみたら
めちゃめちゃ美しい夜明けの空だったです。ため息が出たデス。
昨日ここいらはかなり冷え込み、空がかなり澄んでいまして
北西に見える雪山(日光連山)がくっきりはっきり。
でも東の空には雲が残っていて
日の出の光を反射して輝き、バックの空は赤々と。
それはもうコトバを失いました。

今日も見たくて外に出てみたのですが
曇っていて見られなかったので残念。

東日本ですので夜明けは早く、7時前くらいです。
…そんな時間に出て行っても職場にギリギリ到着なんですケド。
来週からはもう1本早い電車で行こうか迷っていて
そうなると6時半過ぎに家出ることに…ぬはーお年寄りのやうだ。

でもそれでしばらくは夜明けの空の変化を楽しめるんですな。

寝る時間も22時台だし。
意外と自然体な生活かもしれません。

サラリーマンの皆様は普段から「不自然体」な時間の過ごし方を
強いられてしまっていることと思います。
うちの職場でもブツブツと文句がよく出て
職場の大部分がテンパって機嫌が悪くなることがよくあります。
支配されている的考え方でいるからが一番のような。

私はできれば、子供のころのような
支配しているされている的な思考がない状態でいきたく
結果わりといつもマイペースな感じで今のところやれております。
マイペース組も何人かいるのでそこと同調しつつ。
そんでも「テンパった職場」が起こるのは
引き寄せの法則にのっとれば自分に原因があるからなので
「私も最近までよくテンパってたしなぁ」と思いながら
自分の中をよく掃除しとります。

そんで、夜明け前に家を出たとしても
夜明けの風景の変化を楽しんでみたり。
めっちゃ寒くても雪山の白さや一面霜の田畑にため息ついてみたり。
そうやって毎日過ごせてます。

それが一番幸せな生き方のような気がしてます。

チャート眺めているときも
冬の景色を楽しんでいるような感じににてて
和むんですよね。

昨日帰って夕食たべた後、
夫くんが録画しておいてくれた第九コンサートをまた観ました。
アンプ効かせて。自宅に居りながら、なかなかの音響♪
今度は読売日本交響楽団のもの。
今回の指揮は「オスモ・ヴァンスカ」の客演で
おそらく初めて観たと思います。
気づいたら今年から指揮者にかなり注目するようになったですが
すごく良かったですよー。迫力がものすごいんですよね。
N響よりずっとよかったです。
夫くんが言うには去年も読響のほうがよかった覚えがあるとか。なるほど。

オスモ・ヴァンスカは相当非凡らしいです。
私は第一楽章から、この人の指揮はかなり好きだな、と思っていたのですが
今日、ググってみたらその過去の実績に驚くことが多かったです。

「1985年にラハティ交響楽団の首席客演指揮者に就任、
さらに1988年に同楽団の音楽監督に就任して以来、
無名だった同楽団を世界的なオーケストラに育て上げた。
多くの場合、オーケストラが技術的に飛躍を見せるときは、
それに伴って元来持っていた独自の音色美、個性を失うことが多い。
しかし、ヴァンスカの非凡なるところは、
ラハティ響の技術上のレベルアップを果たしながらも、
それと同時にこのオーケストラが本来持ち合わせている
ローカルな特色を生かすことに腐心したところである。

その結果、ヴァンスカ&ラハティ響のコンビによる北欧音楽、
特にシベリウスの演奏は、その独特の透明感溢れる響きから
「フィンランドの風景を思い起こさせる」
「北欧の空気そのまま」などと絶賛を博すこととなった。」

ちょっと長いですがウィキペディアから引用してみました。
色つけたあたりが、すごいなーと思ったところですが。

神々しい風景を思わず見ることができた日に
すばらしい指揮者に出会い、また感動に震えることができました。
今回は演奏中に寝ないで済みましたヨ。

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ケータイから

先週末の日足と週足が面白いので
ワクワクしてケータイからチャートを見たのですが
昨日は特にガッカリしちゃいました。
さすが年末相場。

年内トレード手仕舞された方もかなりいるようで
かなり早々に終わってた方もいましたね。
私はまだしつこくチャート見てますが(笑)

仕事の方はやっと今日納まりました。
ていうか、私の場合は
既に新しい年がスタートしちまったよな状態ですので
この年末区切りな感じせず。
12月就職って今回が初めてではないんですよね。

2月末位に一度区切って振り返ろうかなと思ってます。
春直前な頃に。

よくよく考えてみると
年度初めを12月っていうのは理にかなっているかもしれないです。
冬の季節の始まりに年度開始…
スロースターターの私にはもってこいです。
冬=休眠期にスタートし、
春=活動期に向けて着々と準備を始める、みたいな。

スタートから飛ばすと、息切れするんですよねー。

ちなみに、潜在意識のことを書いたある本でも
スタートを丁寧にゆっくりとやるのが望ましいと
推奨しておりましたです。

そんなこんなで
一年の計は今回はパスしちゃえーと考えとります。

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年末恒例

今年も♪
第九のコンサートを観ました。
N響の。
夫くんが録画しておいてくれたので
仕事今日は早く帰れる日のためお茶とケーキ付きで♪
そのうちナマで観に行こうと夫くんと言っているのですがなかなか。
今年は仕事始めたばかりで余力なく。
実際、今日も観ながら
一番イイトコ(第3楽章~第4楽章の大合唱に向かう手前まで)で
がっつり寝てたし(爆

にもかかわらず
第4楽章の残りオール泣きまくりで
化粧ボロボロとなりますた。
指揮者も泣いてました。

そんな私を見て夫くん、
「あんた、『第九を編集してダイジェスト版で
コンサートを映したドキュメンタリーなんて見る気せん』と
文句言っていたけど、
自分でダイジェストして大泣きしてるんやから
編集版でも十分なんとちゃう?」とのたまう。

何も言えん。

そんでこの時期、やっぱりライブは危険かと思ってしまうです。
マジで演奏終えてから顔がオバケと化します。
ナマだったら第4楽章後半オール大泣きに間違いなし。
スタンディングオベーションのときにこっそり顔隠してトイレに走らんと。
おサレしていくのに、その幕切れはキツイかと。
ピンヒール等であの幅広階段駆け上がるのは、コケル危険度80 〓■● ...

しかし、ホント、ベートーベンって何者!?って思います。
第九をつくった頃はもうすでに耳が聞こえなくなっていたんですよね?
うーん。。。
「神が降臨した」んかなぁ、やっぱり。
こんなスゴイものを聴くことができるって
そんで、必ず年に1回めっちゃ鳥肌、めっちゃ大泣きできるのって
ありがたいなぁーとしみじみ。

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結果に対する考え方

ドルストレートが面白いことになっていますね。今月は。
ドル円もけっこー面白いですね。

相変わらずクロス円、やる気せず。
わがままトレーダーっす。


実はちょっと前からある方とトレードについて
やりとりさせてもらってます。
テクニカルを学び始めた頃に知り合った方で
その頃は
「聡明な人だなぁ」と感じていたのですが
やっぱり聡明な人だという印象は変わらずです。

私が反応が遅いので
遅々としているやりとりで申し訳ないのですが(汗
ま、でも
それくらいいろいろトレードについて考えて言葉にする
チャンスをいただいているわけで
仕事のこともトレードのこともあれこれ記号化(文字化)する毎日で
とっても刺激的です(笑

で、最近いただいたメールに
結果についての考え方について言及されていたので
そこから考えたことなどをひとつ記事に。

ブログにトレードの結果を記事にすることの
有効性について
疑問視されていたんですね。

それは私も賛成するところです。

特に良い結果についてです。

良い結果ばかりを書いていると
どうも
悪い結果になったときに記事にしにくくなるというか。
良い結果にこだわってしまって
むしろトレードが苦痛になるというか。

それはありますねぇ。

私は悪い結果を出していたときも良い結果をだしていたときも
洗いざらい正直にここに書いていました。
それは、私には何人か師がいるもんで
その師に向けて、師に報告することに意識を置いて
そのために結果を詳らかに記していました。

でも…
少しずつうまくいくようになってきてから
結果を書きたくなくなってきたです。
なんでだろうなと思っていたのですが。

あるとき
別の師に
「ブログに結果を書くっていうのは難しいと思う。
 ともすれば自慢大会になりかねないから。」と。

そのときはどういうことを言われているか
わからなかったのですが
そのころからなんとなく思うところあり、
パタッと結果を書くのを一切やめてみました。

その後なんとなくその理由を理解してきました。
結果にこだわるとうまくいかないってことを。

私は仕事ではずっと利益を生み出す部門にいました。
そんで仕事でもやっぱり同じことが言えました。
結果にこだわればこだわるほどうまくいかず
むしろ過程を、
つまりその仕事を純粋に楽しめば楽しむほど
協力者が次々と現れ
ありえないような結果が生まれまする。

ま、これがトレードも同様で。

そうやって私はいろんな場面で人に恵まれて
やってこれたなぁと
病気でくたばっていたときに気づいたことを思い出しました。

やはりトレードでも人に恵まれ
私は特に3人の方に助けられ
教えていただいたり、ヒントをいただいたり、
あるいは導いてもらったり、ひっぱってもらったり。
こんな出会いに恵まれたのも
自分が生かされている、生かされている今に感謝するということが
少しずつ実践できるようになったところあたりから。

トレードは個人に帰結するものですし
「自分は人間関係構築するのが下手だからトレードで
 生活できるようにしたいんだ」といったコトバも
何人かから聞いたことがあるのですが。
私の場合はそれは当てはまらず
トレードを通して知り合った人との関係にはホント感謝したい。
そして学んで楽しみたい。
実際そこで学んだことは仕事にも
非常によい影響をもたらしているなぁと思います。

こんな感じで
「トレードで儲ける」ということとは
一見関係ないことでも楽しんでいると
チャートの声が益々聞こえてきてることに
気づいたりします。

昨日のTVの「所さんの笑ってこらえて」のスペシャル、
ダーツの旅の特集をやっていて
私はアレに出てくる人たちが面白いので好きなんですが
特に80歳以上のおっちゃんとおばちゃんが最高で
そのくらいになるとどうやら
あの世からのお迎えが「いつくるかねーそろそろくるかねー」と
生きているからか、こだわり・執着がホントにない。
お話してくださることが、ホント面白くて粋です。

あそこの域に行くには、まー、ワタシはまるでひよっこですがね。

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M-1とトレード

今年も楽しみにしていたM-1を
大いに楽しみました。
昨日放映していた「M-1 2008」もしっかり観、
去年の興奮を思い出し
そして今年のM-1にもどっぷりつかり
大満足な土日です。
今日は仕事でしたけどね(爆

M-1の位置づけも変わってきているナァと感じました。
細かくいろいろ書くのは割愛しますが。
かつての権威はないように思います。
でも本来の位置づけはこうなんじゃないかなというところに
収まってきているようにも思います。
その変化は
なんとなく
マーケティングで言う「プロダクト・ライフ・サイクル」の
カーブを思い出す様相。
このところのお笑いブームが
ここでも「成熟期」もしくは「衰退期前夜」を感じてならないです。

とはいえ
M-1に出てきたコンビたちが、またここをきっかけに
お笑い界での位置づけを変えていくような感じもし、
「この人はこうなるんじゃないかな」とか
「あの人はこれからこうなって来年の今頃はこうなるんじゃないか」とか
予想ってよりむしろ妄想をして楽しんでいました。

今田とか紳助が言っていたように
今年はホント接戦だったと思います。
だからこそ各コンビの運がいろいろ見えて
面白かったですね。

その運っていうのを見ていて
トレードの世界でも
同じような感じがするなあと思っていました。

トレードだけじゃなくて
社会でも同じですけどね

実力はあまり変わらず。
頭一つ出るのは波に乗れるかどうか。

今回優勝したパンク・ブーブーには
エゴが感じられなかったし
謙虚さがあったし
純粋に漫才を常に楽しんでいる感じの
洗練されたネタの質の高さがあったです。

一番、自然な感じで面白かったかなーと
私は感じていましたが
決勝は圧勝でしたね。

トレードも
・エゴがないこと
・謙虚であること
・純粋に楽しんでいて、とりつかれているのではなく自然体でいること
このあたり、すごくキーになるなぁと感じてます。

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脳科学からの視野

休みっす。
マトモに休めるのは2週間ぶりくらいでしょかね。
激務なわけではございませんが
お仕事以外にも社会的役割がありますので
仕事が休みのときにはそっちのシゴトがございます(汗

ま、楽しんでいるからいいのですが。

ちょいちょいとチャートも見ておりまして
ほそぼそと一応FXブログも続けておるのでございます。

意外や意外なのが
チャートに向ける時間が大幅に減ったにもかかわらず
むしろチャートの感覚は研ぎ澄まされている感じもあり。

いったい今までどれだけ「ムダに」チャートを眺めていたかと
ため息すら出てきます(爆

仕事をしているからチャートが見られない(泣
という悲観的な考えは、びっくりするくらい皆無で。
不思議ですわ。

一箇所にずっといて仕事をしているっていう形態での仕事は
久しぶりというか初めてというか
昔の自分だったら「監禁状態」と言っていたと思う現在の仕事は
むしろ今までよりもかなり自由があるような感覚で
これはひとえに
自分の考え方がガラっと変わったという証明ですね。

企業体が小さいですので
関わる人もそれだけ少ないのですが
世界が狭い感じはまるでなく
一人ひとりとのつきあい方も
表面上でつきあうという感じがなく
かといって深くつきあっている感じもなく。
なんといいますか
どんな人でも丸ごと受け入れるような感覚で
同僚の捉え方がすごく変わってきたなぁと思います。
もちろん、とっつきにくいとか
つきあいにくいとかいう人も少なくないですよ。
結構います。3割くらいです。結構いますよね。
でも、そのつきあいにくい部分もまるごと受け入れている自分があるなぁと。
自分の薄め液の中に異質なものとしていれてしまっているなぁと。

以前はここまで異質さを感じている場合には
気になってしまって排除する形で反応してたのですが
(実際には表面的につきあうって方法を選択してました)
今は受け入れるというか
そこまで異質さを強く感じているのに
その強い自分の拒否反応すら肯定しているというか。

しかも仕事をやめる前までは異質さに気づかなかった部分が
今は気づくようになって
かなり気づくことが多くなってしまって
こんなに多く気づいてしまったら
身動きもとれなくなってしまいそうなくらい。
が、自由度を高く感じるってのは…ううむ。

感謝っす。(-人-)

昨日休み時間に読んでいた本
『バカはなおせる 脳を鍛える習慣、悪くする習慣』久保田競
これは、子育てのカリスマで
最近テレビに露出が高いカヨ子ばーさんのご主人の本です。
ここに書いてあったことで
「若者のほうが細かいものを注視するのがうまい、
 細かいところまでよく見える、
 ということを意味しています。
 逆に、年寄りになると、モノの全体像をぼやーっとしか
 見られなくなる、ということです。」
これに強く反応しました。
なんでも、年寄りになったとしても
「細かく見るように訓練したら、視野が狭くなる、細胞の働きが若がえる」
とか。
ということは、
若いとき⇒視野が狭い
年齢があがる⇒視野が広くなるが、狭くもできる
ということで。
おお、なんと年を重ねるってことはよいことなんでしょう。

私は常日頃から早く年齢を重ねて
がっつりオバチャンになりたいと思っていますが
これはそういうことだったかと納得したわけで。

女の人生40代からが頂点がスタートと思ったのは
20代の自分がなんだかホントイマイチで
20代半ばになんとなく
友達と酒飲みながら叫びはじめてそのまま言い続けたのが
きっかけだったなぁと思い出したりしていました。

FXでうまくいっているのも
私より「ちょっと年上以上」の人が多い感じがするんですよね。
自分より年下の人でうまくいっているのは
若くてもそれ相応の生き方をしてきた人だったりして。

自分はチャートの俯瞰力が甘いなぁと
かつてブログによく書いてきましたが
またここでこの本を読んで
いろいろなものがリンクしてきてるような感じがしました。
仕事でも職場の人とのつながりでも
俯瞰を維持していることと
チャートをぼんやりながめていることは
やはり勘どころが同じ、感覚が同じ。

とはいいつつも
この本は、他の人の著書に対して
信憑性うんぬんという点でズバっと裁いているので
それだけで良本な感じがせず、
そんなに薦められる本ではないのですがね。

わざわざ1章を費やして
誰の書いた本は信憑性があるのないのと議論しているのですが
その信憑性のものさしが
「論文の多さ」「専門的に学んだかどうか」「科学的な根拠」
というものもつかっているんですね。
私はそこに違和感を感じ
どんだけ論文が専門課程が偉いんだろうと思いました。
学問は学者だけのものっていう
変なこだわりも久保田氏に感じたりしてしまいましたね。
それに私は「科学的根拠」をそもそも疑っているので
なぜなら、100%使われていない人間の脳によって生まれた科学では
実証できることはあまりにも少なすぎるから。
そんな範囲が狭い科学を根拠につかうことはいかがなものかと。
ということでこの部分では久保田氏の考え方は
それこそ視野が狭いし、おっさん、アンタも若いのぉと(笑。
そこがあかんかったので、買うまでもない本だなと思いました。

どの本を信じるかは読者に任せればいいじゃんと思うし
マスコミでやたら取り上げられている本が
実は薄っぺらい内容だというのはよくあることだし
そんなの観る人が見ればわかることだし
やたらに本を出している人の本の内容も薄い可能性が高いことは
何冊か手にとってみればわかることだし。
でも何冊も出している人でもスゴク肝心要のところをついていることもあるので
一概には言えないんだけどなと思ったり。
とかくこのおっちゃんみたいに「裁く」ってことはキケンなことであります。

引用しておいて最後に落とす私の記事も
いい加減さ極まりないですがね。

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満足感

本日も出動でございます。

仕事は数年しか休んでいないのに
考え方がガラリと変わっていることに気づく日々です。

例えば・・

・時間給の人が
「ムダに働くことはない」と言って
終業後数分でタイムカードを押して上がろうとすること。

・社員で働いている人が休み時間に仕事をしなければならないときに
スゴク嫌な顔をして「他に動ける人がいるでしょう」と文句を言うこと。

・ワンマン社長の指示に腹を立てること

・忘年会が会社持ちに対して当たり前という感覚


こんなものにいちいち違和感を感じたりしている私です(笑。
前は全然感じなかったんですねー。
そういう感覚だから、秘書業務とか管理職とか回ってくるんですなw
スゴク納得。

根幹にあるのは「お金」とか「時間」とかの
考え方かなと思います。

私の中ではどちらも
  ものすげーーーいっぱいある。
って考えです。
その考えに何の疑問ももたないし
それは自分だけじゃなくて他の人も実はものすげーいっぱいある
と考えちゃっています。

この感覚は
妄想でもないし、ムリにそう考えているでもないし、
自分で洗脳しているわけでもないんですな。

ま、普通は例えばお金だったら
持ち物とかミテクレとか買い物のしかたとか
雰囲気とか財布の中身とか
そーゆーもので判断してしまう、決めてしまうんでしょうが。

どうしてそういう考えに至ることができたのかは
うーん…
なんともいえないのですが
いろいろ本を読んだりして
考え方が少しずつ変わってきたところに
あるときグシャっと構築したものが壊れて、いや壊れたように見えて
「げ」ってなったところから
何かが起こって気がついたらこの考えに頭が満たされてた
うーん、なんともまあ曖昧な書き方。。。

でもこの考え方はいいですよ。

そうですねー。

「優越感」「劣等感」に、自分の気持ちが左右されないでいいんで。
チャートを支配しようって考えも生じませんし。
儲けてやろうとポジポジ病になることもないです。

お金も時間も潤沢だから
時間給がどーのだの休み時間がもってかれて損しただの
社長がウルサイだの
うちの会社はどーしょもないだの
そんなことにエネルギーもってかれないで済みます。
そして会社が自分の周りがいい方向に回り始めること確実。

キーワードは
満たされていることに感謝すること
かなー。

ま、今日書いた記事は
きっとなかなか理解されない、理解されなくても
でもいいかな、と思って書いた記事ですわ。

ま、多分、これが、「ザ・シークレット」とか
「引き寄せの法則」とかで言っている考え方と
同じような考え方なんだろな。

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ペース

お陰さまで。
トレードを通して更に培うチャンスをもらった
「マイペースさ」が功を奏し
新職場でいろんな「一見マイナス情報」が入ってきますが
マイペースを保つことができています。
マイペースながら
「管理系(パシリ系)」な仕事してますので
周りとの連携はカッチリとらせてもらってます。
トップからも「丸投げ」に近い状態で仕事を振ってもらえて
しかも振ってもらえた仕事が
なんと私の得意中の得意に近い仕事
「顧客管理」&「サービス提供のスケジュール管理」
顧客データは1000件分はあるだろう量。
しかも新サービスに関するもの、で、私一人に管理を任せていただいているので
実はかなり楽な仕事だったりします。
勝手にパソコンいじって勝手にデータベース構築して
各部門のプレイヤーの皆様
(実は構成員ほぼ全員プレイヤー;;よく今まで回してきていたと思う)が
ごちゃごちゃ言っている声を耳をダンボにして聞き取り、
その要望がそのデータベース一発で解決するように改良進めながら。
既にあるデータベースと関連付けもできるようなオマケも付けて。

そうでありながら自分のペースばりばりで仕事させてもらっていまする。

やはりそれぞれプレイヤーかつ専門家なので
枝葉末節なところでいろいろお悩みだったり
全体像を把握しているつもりでも片手落ちだったりなので
チャートを見るような俯瞰力が試される位置です。

今日は忘年会で、その後の「ウラ忘年会」に誘われました(汗。
メンバーは職業人としても人間としても面白みのすごくある、
基本的に人から好かれてファンも多いだろう人たちで
「愚痴は、でも、相当出そうだな」と思っていましたが、
勤務中にチラチラ聞こえてきたり、暴露されたりしたので。
出ましたねー。山盛り。
この人たちからこんだけ愚痴がでるっていうのは
ま、ちょっと病んでますな。

ていうか、そんなビミョーな会に誘われるっていうのが…
どんだけ私を「信頼」しちゃっているのか。
びっくりですね。ありがたい話ですね。
まだ1週間目なのに。笑。

ま、でも愚痴テンコモリになりつつも
「こーしたらいーのに」「あーしたらいーのに」の話が
酒交わしつつ どかどか出てくるので
しかも、私は専門的なことはよくわからないけど
大局的に考えれば非常に建設的で的をついた案なので
「健全やナァ」と感動しておりますた。
「やってまえ、やってまえ」と無責任に言ってましたけど(笑
ま、うちの職場はスゴイっすよ。
メンバーがツブ揃いっす。
これは…スゴイところに就職したですよ。
これからデカクなっちゃいそうで楽しみー♪

ま、愚痴の数々は枝葉末節と考えて
それの本質・根幹にある「バランスがちょっと崩れているところ」が
いい状態になっていけば
今ちょっとよどんでいるところも見違えるくらいよくなるでしょうな。

・・・チャートを俯瞰してみているときの感覚とホント同じ♪

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余計なもの

一部の方には既にお伝えしていることですが

えー

先週から会社員に復帰してます。

2年に及ぶ闘病生活でしたが、ほとんど医者の力を使わず
自己治癒力をふんだんに使って
寝たきり状態からここまで復活できましたー♪

m(_)m  感謝ー♪

仕事しはじめて、
「あ、やっぱ仕事がしたかったんだなー」と納得しました。

やはり、ガッツリ人と関わりたいです。
人間関係ってめんどうくさいじゃんといわれることも多いですが
まぁめんどうくさいですけど(爆)
めんどうくさいから面白いというかw

今回の仕事は
・管理職
・秘書
の両方を兼ねる仕事で(他にも諸々ありますが…一人3役的な)
初めての業界でしかも非常に特殊な業界ですので
その業界では1企業体の規模も小さく、役目がいろいろ求められるのですが。
ま、今は、下積み的に仕事させてもらってます。
そんな時間を与えてもらえるってのは
このご時勢にスゴイですよね。
大部分が厳しい状況なのにかなり余裕があるよなぁとびっくりで
いいところにご縁があったなぁとただただ驚くばかりです。

上述の仕事って
実は私、今まで避けて通ってきた2大業務なんですが
この仕事を求められるっていうのは
やはり
闘病生活の中で得たものがすごく大きかったんだと思い。
私の経歴やちょっと話した中から
その能力があると見抜いたのもスゴイ直観だと思いました。
病気前だったら「できるかな」と非常に不安になったと思います.
今は、
「まぁ、いけるだろうな」と思えるので、
実は自分が一番驚いているところなのですが、
そこを先に見抜いていた今のトップ。

自分でわからないことってたくさんありますねぇ。

運命ってホント常に私にメッセージを送ってくれているんだなぁと
畏れ多い気持ちです。
エゴを捨てたりくだらんこだわりを捨てたり
とにかくいろんな余計なものを捨てていったら
運命が送ってくれるメッセージに気づくことができるんですな。
それがいわゆるツキってものだと思いました。

病気にならなかったらこういうことは起こらなかったですね。
そしてトレードをしなかったらこういうことに気づかなかった。
ま、このあたりは話すと長くなるのですが(汗

しかし、職場は爆笑ネタの宝庫です。
ネタ帳を作っておかないとこれはホントもったいない♪
仕事しながらネタを拾う毎日。

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えっと、ドタバタが続いていましたが
先週から
正社員として仕事を始めています。

寝たきりの状態からよくぞここまで健康状態回復させたもんだ
自分の自己治癒力に「よくやった、えらいっ!!」とほめているところです。
医者をほとんど使っていませんので
(今年の8月下旬まで医者にいきませんでしたんでー)
ま、90%、自己治癒力で直したようなもんですよね。

相変わらず自己セラピーはもっと力をいれて続けているので
そこそこボリュームある仕事ですが
ほとんど疲れることなくスタートがきれています。

今まで関わってきた業界とはまったく違う業界で、
しかも

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位置

自分のトレード結果などを書かなくなって随分経ちますが
相変わらずトレード結果は書く気がなくて
もう今後もつぶさに書くことはしないような気がします。

それは負けているとか勝っているとか
リアルだとかデモだとか
そういうことはあまり関係なくて
つまり、トレードがうまくいっているとかうまくいっていないとか
そういうこととは関係なく。

負けているとブログを書く気がなくなり
更新が滞ってしまう、いう記事をよく見かけ
「よくありがちな理由でブログの更新が滞った。」と
書いてあったことも見たことがあるのですが
そういう視点ではなく、です。

うーん。上手にいえませんが(^_^;

先月、先々月で考え方が大局で変わってきて
ついでにFXに対する考え方が変わったのは
既述の通りです。

ま、現実は、その考え方になってきてから
それなりの成果が日々増えてきているってところです。
このままいけば資産も増えていくのだろうと思います。
しかし、ホント、トレードの成果については
あまり注目していません。

むしろ、チャートを見ることを楽しんでます。
インディケーターが機能することを楽しんだり、
大きな波がくるかもとじーっとチャートをみてたら、
実際に来て感嘆してみたり、
長い時間軸での波と短い時間軸での波の関係を
頭の中にイメージしたり、構造化してみたり。

その楽しみの中に獲得pipsがくっついてくる感じです。

昔、株そのほかの投資で資金を増やしたときって
前にも書いたけど
宝探しのように投資そのものを楽しんだんですね。
で、おまけのように「あら増えちゃった♪」的な。

トレードって
「趣味:音楽鑑賞、ゴルフ、投資
のようになるのが、もしかしたら、最終的なあるべき姿なのかもしれません。

稼がなきゃ!って思えば
それがノルマみたいになって
「これだけとってやろう」とか
「一日にこれくらいのpips稼ごう」とか
はたまた
「これくらい稼げてればレバレッジ○倍で…
(電卓たたいて)1ヶ月にこれだけザクザク稼げる、にしし。」とか。

こうなってくると
チャートを支配しようとして(稼いでやろうという気持ちが強くなって)
例えばポジポジ病になってみたり
結果損切りが増えてみたり。
あるいは、損するのが怖くてほんの1~2pipとかでリカクして
利を伸ばすことができなくなってしまったり。

…かつての私はこれらを何十回もやらかしてきたんですけど。

でも「趣味」だったら
好きなときにやるだろうし
やらなきゃ!っていう意識も働きにくいだろうし。
自分がその「趣味」ができるときだけ
「チャンス」があったら乗ってみる。

四六時中開いている相場の波、ほとんどのものに乗ろうとか
いうのも違う。
小さな波で1pでもいいから稼ごうとか
いうのも違う。
結果としてポジポジ病になりやすかったり
「コツコツ稼いでドカーンと損する」になりかねないし。

楽しんでやるっていっても
FX中毒も違う。

中毒になっていた時期も、えらく長かったけど。。。

ホントに自分にとって大切なものがあって
家族とか友達とか心身の健康とか生きるうえでの考え方とか。
FXはそこから比べると付随物にすぎない。
だから趣味の位置に近い。

私にとってのFXってそんな感じです。
それが私にとっての自然体なFXです。

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