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薔薇ラのザレゴト ~~  トレード日記 脳科学からの視野
 

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脳科学からの視野

休みっす。
マトモに休めるのは2週間ぶりくらいでしょかね。
激務なわけではございませんが
お仕事以外にも社会的役割がありますので
仕事が休みのときにはそっちのシゴトがございます(汗

ま、楽しんでいるからいいのですが。

ちょいちょいとチャートも見ておりまして
ほそぼそと一応FXブログも続けておるのでございます。

意外や意外なのが
チャートに向ける時間が大幅に減ったにもかかわらず
むしろチャートの感覚は研ぎ澄まされている感じもあり。

いったい今までどれだけ「ムダに」チャートを眺めていたかと
ため息すら出てきます(爆

仕事をしているからチャートが見られない(泣
という悲観的な考えは、びっくりするくらい皆無で。
不思議ですわ。

一箇所にずっといて仕事をしているっていう形態での仕事は
久しぶりというか初めてというか
昔の自分だったら「監禁状態」と言っていたと思う現在の仕事は
むしろ今までよりもかなり自由があるような感覚で
これはひとえに
自分の考え方がガラっと変わったという証明ですね。

企業体が小さいですので
関わる人もそれだけ少ないのですが
世界が狭い感じはまるでなく
一人ひとりとのつきあい方も
表面上でつきあうという感じがなく
かといって深くつきあっている感じもなく。
なんといいますか
どんな人でも丸ごと受け入れるような感覚で
同僚の捉え方がすごく変わってきたなぁと思います。
もちろん、とっつきにくいとか
つきあいにくいとかいう人も少なくないですよ。
結構います。3割くらいです。結構いますよね。
でも、そのつきあいにくい部分もまるごと受け入れている自分があるなぁと。
自分の薄め液の中に異質なものとしていれてしまっているなぁと。

以前はここまで異質さを感じている場合には
気になってしまって排除する形で反応してたのですが
(実際には表面的につきあうって方法を選択してました)
今は受け入れるというか
そこまで異質さを強く感じているのに
その強い自分の拒否反応すら肯定しているというか。

しかも仕事をやめる前までは異質さに気づかなかった部分が
今は気づくようになって
かなり気づくことが多くなってしまって
こんなに多く気づいてしまったら
身動きもとれなくなってしまいそうなくらい。
が、自由度を高く感じるってのは…ううむ。

感謝っす。(-人-)

昨日休み時間に読んでいた本
『バカはなおせる 脳を鍛える習慣、悪くする習慣』久保田競
これは、子育てのカリスマで
最近テレビに露出が高いカヨ子ばーさんのご主人の本です。
ここに書いてあったことで
「若者のほうが細かいものを注視するのがうまい、
 細かいところまでよく見える、
 ということを意味しています。
 逆に、年寄りになると、モノの全体像をぼやーっとしか
 見られなくなる、ということです。」
これに強く反応しました。
なんでも、年寄りになったとしても
「細かく見るように訓練したら、視野が狭くなる、細胞の働きが若がえる」
とか。
ということは、
若いとき⇒視野が狭い
年齢があがる⇒視野が広くなるが、狭くもできる
ということで。
おお、なんと年を重ねるってことはよいことなんでしょう。

私は常日頃から早く年齢を重ねて
がっつりオバチャンになりたいと思っていますが
これはそういうことだったかと納得したわけで。

女の人生40代からが頂点がスタートと思ったのは
20代の自分がなんだかホントイマイチで
20代半ばになんとなく
友達と酒飲みながら叫びはじめてそのまま言い続けたのが
きっかけだったなぁと思い出したりしていました。

FXでうまくいっているのも
私より「ちょっと年上以上」の人が多い感じがするんですよね。
自分より年下の人でうまくいっているのは
若くてもそれ相応の生き方をしてきた人だったりして。

自分はチャートの俯瞰力が甘いなぁと
かつてブログによく書いてきましたが
またここでこの本を読んで
いろいろなものがリンクしてきてるような感じがしました。
仕事でも職場の人とのつながりでも
俯瞰を維持していることと
チャートをぼんやりながめていることは
やはり勘どころが同じ、感覚が同じ。

とはいいつつも
この本は、他の人の著書に対して
信憑性うんぬんという点でズバっと裁いているので
それだけで良本な感じがせず、
そんなに薦められる本ではないのですがね。

わざわざ1章を費やして
誰の書いた本は信憑性があるのないのと議論しているのですが
その信憑性のものさしが
「論文の多さ」「専門的に学んだかどうか」「科学的な根拠」
というものもつかっているんですね。
私はそこに違和感を感じ
どんだけ論文が専門課程が偉いんだろうと思いました。
学問は学者だけのものっていう
変なこだわりも久保田氏に感じたりしてしまいましたね。
それに私は「科学的根拠」をそもそも疑っているので
なぜなら、100%使われていない人間の脳によって生まれた科学では
実証できることはあまりにも少なすぎるから。
そんな範囲が狭い科学を根拠につかうことはいかがなものかと。
ということでこの部分では久保田氏の考え方は
それこそ視野が狭いし、おっさん、アンタも若いのぉと(笑。
そこがあかんかったので、買うまでもない本だなと思いました。

どの本を信じるかは読者に任せればいいじゃんと思うし
マスコミでやたら取り上げられている本が
実は薄っぺらい内容だというのはよくあることだし
そんなの観る人が見ればわかることだし
やたらに本を出している人の本の内容も薄い可能性が高いことは
何冊か手にとってみればわかることだし。
でも何冊も出している人でもスゴク肝心要のところをついていることもあるので
一概には言えないんだけどなと思ったり。
とかくこのおっちゃんみたいに「裁く」ってことはキケンなことであります。

引用しておいて最後に落とす私の記事も
いい加減さ極まりないですがね。
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